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海と毒薬/遠藤周作 <あらすじ・感想・考察> 実際にあった事件をベースにした物語で”罪と罰”を問う

読書感想です。今回は遠藤周作さんの「海と毒薬」です。
記事前半はネタバレは含みません。「続きを読む」を押さない限りネタバレ内容は見えませんので未読の方も安心してお読みください。

作品情報

  • 作品名:海と毒薬
  • 作者 :遠藤周作
  • 出版社:新潮社(新潮文庫)
  • 頁数 :224P

こんな人におすすめ

 
こよい
  • 人間の倫理や葛藤に惹かれる

    「正しさって何?」「人はなぜ流されるのか?」そんな問いに興味がある人にはとても響くと思います。

     

  • 心理描写中心の文学作品が読みたい
    戦場の描写ではなく、医療現場と人間の心の中が主題。派手さはありませんが、内面を深く掘り下げた作品を求める人におすすめです。

  • “善悪の境界線”に関心がある
    登場人物たちはいわゆる悪人ではありません。何が彼らをそうさせたのか、自分ならどうしたかを考えたい人に読んでほしいです。

 

特徴グラフ

※私個人の見方・感想です。

話の明るさ
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5
読み応え
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過激表現
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あらすじ

『戦争末期の恐るべき出来事――九州の大学付属病院における米軍捕虜の生体解剖事件を小説化、著者の念頭から絶えて離れることのない問い「日本人とはいかなる人間か」を追究する。解剖に参加した者は単なる異常者だったのか? どんな倫理的真空がこのような残虐行為に駆りたてたのか? 神なき日本人の“罪の意識”の不在の無気味さを描き、今なお背筋を凍らせる問題作。』

引用元:新潮社

感想

人間の命と倫理

舞台は第二次世界大戦末期の日本。とある大学病院を中心に、人間の命と倫理が問われる出来事が進行していきます。

登場するのは、医師たちとその周囲の人々。それぞれの立場や葛藤が丁寧に描かれ、やがて彼らが迎える選択の意味が浮かび上がってきます。

リアルさが心に重くのしかかる

重たいテーマであることは予想できるかと思いますが、その描き方に現実味があって心にずしんと響いてきます。

登場人物たちは誰も極端な悪人ではありません。むしろ、ごく普通の人間として描かれています。

その普通さがこの物語をよりリアルにしています。戦争という非常時の中で、人々が何に従い、何に背を向けたのか。

自分が同じ立場だったらどうしただろう? そんな自問を、避けることができません。

目を逸らしてはいけない問い

文章は淡々としていて、感情を煽るような描写は少ないです。しかしその冷たさが、かえって読み手の心を凍らせるように思います。

タイトルの「海と毒薬」にも、深い象徴性を感じます。

今を生きる私たちにとっても無縁ではありません。

読み終えたあとに残るのは、言葉にしづらい痛みと、それでも目を逸らしてはいけない問いです。


以下、内容に触れた感想を記載しますので、開く際はその点ご了承ください。

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感想(ネタバレ有り)

続きを読む ※ネタバレ注意

引き込まれる構成

本作の冒頭、まったく事件と関係なさそうな人物が語り手になっており「あれ?」となりますが、その“距離感”があるからこそ、逆に引き込まれました。

最初に出てくる人物が登場するのは事件の何年も後、勝呂の病院で治療を受けることになり、彼に違和感を感じ始めます。そこから徐々に、勝呂という人物の過去が浮かび上がってきます。

事件の詳細を知らない読者は、「何があったんだろう?」と少しずつ探っていくことになる。この“追体験”が自然で、没入感が強いです。

また、一度“普通の時間”を見せることで、逆に事件の異常性が際立ってきます。時間と視点のズレが、“罪の重さ”をじわじわ感じさせます。事件は過去のことなのに、そこに関わった人たちは、今もどこかに存在していて、生き続けています。時間が経っても終わっていない“何か”があります。その感覚が読後に残ります。

世間の罰だけじゃ何も変らん

捕虜を実験で殺したことは世間的には悪で、世間の罰を受けることにはなりますが、「世間の罰だけじゃ何も変わらない」という戸田の台詞は印象的でした。たった一言なのに、人間の罪とその責任について、本質を突いてる感じがします。

法律や世間の目に触れて裁かれることは「表面的な罰」かもしれません。しかし、本当に変わるためには、自分自身が「なぜあのとき、自分は何もしなかったのか」と向き合うことが必要なんだと思います。「処罰されたから終わり」ではなく、「自分が自分をどう裁くか」が問われています。

この物語を読んでいて、「この人たちを責めきれない自分」に気づいて、少し怖くなりました。それはつまり、自分も何かあったときに流されてしまうかもしれないということだからです。

『海と毒薬』は、戦争文学というより、むしろ自分の弱さと向き合わされる小説だと思いました。戸田のあのセリフが刺さるのは、そういう自分の内側の声にもどこか重なるからかもしれません。

罪と罰

戸田は殺してしまった表面の事実より、それに対して何も感じない自分に苦しんでいました。

この作品が深くて苦しいのは、「何をしたか」だけじゃなくて、「それに対して何を感じたか」「感じなかったか」を問うてくるところかと思います。

戸田は、「捕虜を殺してしまったこと」自体よりも、その重大な行為に対して、心が動かなかったこと、自分の中の“人間らしさ”が欠けていると気づいたことにこそ、苦しんでいたように見えます。

世間的には「殺した=悪い、だから処罰」という図式で済まされるかもしれません。しかし戸田は、そういう“外側”のルールや裁きでは測れない、自分の“内側”の空白を見つめてしまった。それが彼にとっての「本質的な罪」だったのかもしれません。

世間の罪と罰:行為そのものへの評価(やった/やらない、裁く/裁かない)

本質的な罪と罰:その行為に対してどう感じたか、感じなかったか。人としての感性の崩壊と、それに対する自己の評価。

戸田が言ってた「世間の罰だけじゃ何も変わらん」というのは、自分の中の空虚さとか、倫理の麻痺に対しては、外からの罰なんて意味がないってことかと思います。「罪を犯すこと」以上に、「罪を犯してしまったあとに何を感じるか」をえぐってきます。だからこそ、読む側にも問われ続けているように感じられます。

他の読者の感想

こちらをご覧ください。
※ネタバレ感想も含まれますので見る際はご注意ください。

読書メーター/海と毒薬

まとめ

以上、遠藤周作さんの「海と毒薬」の読書感想でした。

決して気軽に読める一冊ではありませんが、人間の心の深いところに触れてくる、重厚な作品でした。

未読の方は是非手に取ってみてください。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。