当サイトの本に関する記事はすべてネタバレに配慮しています。御気軽にお読みください。

少年と犬/馳星周 <あらすじ・感想・考察> 傷つき、悩み、惑う人びとに寄り添っていたのは、一匹の犬だった

読書感想です。今回は馳星周さんの「少年と犬」です。

第163回(2020年)直木賞受賞作です。

記事前半はネタバレは含みません。「続きを読む」を押さない限りネタバレ内容は見えませんので未読の方も安心してお読みください。

作品情報

  • 作品名:少年と犬
  • 作者 :馳星周
  • 出版社:文藝春秋(文春文庫)
  • 頁数 :384

こんな人におすすめ

 
こよい
  • 動物との絆に心を動かされる
    犬がただ可愛い存在ではなく、”心のよりどころ”のように描かれているので、動物と人間の深い関係に興味がある人にぴったりです。
  • 重すぎない感動を求めている
    涙を誘う場面もありますが、感情を押しつけてくるような話ではありません。自然に心が温まるような感動を求める人に向いています。
  • 短編のように少しずつ読み進めたい人
    1話ずつ区切られている構成なので、まとまった読書時間が取れない人でも楽しみやすいです。

特徴グラフ

※私個人の見方・感想です。

話の明るさ
1
2
3
4
5
読み応え
1
2
3
4
5
過激表現
1
2
3
4
5

あらすじ

『傷つき、悩み、惑う人びとに寄り添っていたのは、一匹の犬だった――。

2011年秋、仙台。震災で職を失った和正は、認知症の母とその母を介護する姉の生活を支えようと、犯罪まがいの仕事をしていた。
ある日、和正は、コンビニで、ガリガリに痩せた野良犬を拾う。多聞という名らしいその犬は賢く、和正はすぐに魅了された。
その直後、和正はさらにギャラのいい窃盗団の運転手役の仕事を依頼され、金のために引き受けることに。そして多聞を同行させると仕事はうまくいき、多聞は和正の「守り神」になった。
だが、多聞はいつもなぜか南の方角に顔を向けていた。多聞は何を求め、どこに行こうとしているのか……

犬を愛するすべての人に捧げる涙の物語!

引用元:文藝春秋

感想

第163回直木賞受賞作

選評は以下からご覧ください。(核心的ではないものの、ややネタバレがあるのでご注意ください。)
https://prizesworld.com/naoki/sp/senpyo/senpyo163.htm

一匹の犬との出会い

物語は、東日本大震災後の日本を舞台に、一匹の犬・多聞と出会った人々の人生が描かれます。

犬をテーマにした作品と聞くと、感動的なエピソードを積み重ねる物語を想像していたが、『少年と犬』はその期待を良い意味で裏切っています。本作に登場する犬は、人間に従う存在ではなく、むしろ人間の心に静かに寄り添い、時に導く存在として描かれています。

現代社会では、「すぐ癒されること」「すぐ幸せになること」が重視されがちかもしれません。しかし、この物語は、簡単には癒えない心をそっと受け止め、そのうえで前へ進む強さを描き出しています。

読みやすさ・ボリューム

本作ははとても読みやすい部類の小説です。

・文章はシンプルで流れるように読み進められる
馳星周さんの文体は、無駄に飾ったり、難しい言葉を使ったりしないので、スッと物語に入れます。

・1話ごとに区切りがある構成
7つの短編が連なるような形になっていて、各章ごとに舞台や登場人物が変わるので、1話読み切り感覚でも読めます(しかし、全部つながっていきます)。

・重いテーマを扱いつつ、描写はくどくない
震災や死、罪など重たいテーマが出てきますが、過剰に悲劇をあおるような描き方はしていないので、心が疲れにくい読み方ができます。

じっくり読めば心に響き、サクサク読むこともできる。そんなバランスのいい一冊だと思います。


以下、内容に触れた感想を記載しますので、開く際はその点ご了承ください。

ここで一呼吸…
kindle unlimitedで読書生活をより楽しみませんか?対象の小説や漫画など、
200万冊以上が読み放題。
登録はこちらから↓

感想(ネタバレ有り)

続きを読む ※ネタバレ注意

多聞との出会いは幸か不幸か

多聞と出会った人々が不幸や死に見舞われる展開が多かったです。

その理由は、単に「悲しい話にしたいから」ではないと思います。むしろこの作品では、多聞は「”救えない悲しみ”を癒すために存在している」という役割が大きいです。

この小説に出てくる人たちは、それぞれ心に深い傷や後悔を抱えています。多聞はそんな人たちの最後の時間に寄り添う存在になっていました。

ただ、多聞が現れたからといって運命が好転するわけではありません。むしろ、避けられない結末に向かう彼らに、ほんの少しの救いとして「孤独ではない」という感覚を与えるために、多聞はそこにいたように思います。

つまり、彼らの不幸や死は、もともと「定められていた運命」に近いものであって、多聞はそれを変えるのではなく、最後の瞬間に”生きる意味”を灯す役割という構図になっていたと思います。

なので、読んでいると、「悲しいけれど、完全な絶望ではない」「救いようがないのに、なぜか救われた気持ちになる」そんな不思議な読後感が残ります。

そして最終章で、少年と多聞が出会うことで、初めて”未来へ向かう希望”が描かれます。そこまで含めて、この構成になっていると考えられます。

多聞が命を落とす展開について

最後の最後で多聞はようやく少年と再会を果たします。

そのまま一緒に幸せに暮らしました、という展開を望んでしまう気持ちもあります。

ただ、この物語としては、多聞が少年を守って命を落としたのは、必要だったようにも思います。

なぜかというとーーこの物語は「奇跡」や「ハッピーエンド」を描く話ではないからです。傷を負った人間たちが、それでも前を向いて生きていく物語だからです。

もちろん、多聞と少年が一緒に暮らして幸せに生きる未来も想像できるし、そうなってほしい気持ちもあります。しかしそれをやってしまうと、この物語が一貫して描いてきた「喪失と再生」というテーマがぼやけてしまうように思います。

多聞は、少年に「孤独ではないこと」を教え、未来へ歩き出す勇気を託しました。多聞が生き続けることは、少年をずっと守ることにはなったかもしれませんが、本当の意味で少年自身が”自分の力で生きていく”ことにはつながりません。

なので、多聞は少年を守って、”守られる側”から”生き抜く側”へ少年を成長させるきっかけを作りました。そして自分はその役割を果たし終えて、静かに去ったのです。

この展開によって、物語は”感動的な奇跡”で終わるのではなく、現実の痛みを抱えたまま、それでも生きていく希望を示していたように思います。

他の読者の感想

こちらをご覧ください。
※ネタバレ感想も含まれますので見る際はご注意ください。

読書メーター/少年と犬

まとめ

以上、馳星周さんの「少年と犬」の読書感想でした。

本作は、読後すぐに心が晴れるタイプの物語ではありません。しかし、読むほどに小さな希望が見えるような、静かで力強い読書体験を与えてくれる一冊でした。

未読の方は是非手に取ってみてください。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。