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プラスティック/井上夢人 <あらすじ・感想・考察> 54個の文書ファイルが収められたフロッピイ

読書感想です。今回は井上夢人さんの「プラスティック」です。

2024年本屋大賞発掘部門「超発掘本!」に選出された作品です。

記事前半はネタバレは含みません。「続きを読む」を押さない限りネタバレ内容は見えませんので未読の方も安心してお読みください。

作品情報

  • 作品名:プラスティック
  • 作者 :井上夢人
  • 出版社:講談社(講談社文庫)
  • 頁数 :400P

こんな人におすすめ

 
こよい
  • 緻密な構成のミステリーが好き
    伏線が巧妙に張られていて、ラストで「そういうことか!」と驚かされるような展開が好きな人にはたまらない一冊です。

  • 多視点・変則的な語りにワクワクする
    日記、手紙、レポートなど複数の形式で物語が進むので、物語を“読み解く”楽しさが味わえます。

  • 現実と虚構の境界が揺らぐような作品に惹かれる
    『自分って何?』『現実って何?』といった哲学的なテーマが好きな人にはグッと刺さると思います。

特徴グラフ

※私個人の見方・感想です。

話の明るさ
1
2
3
4
5
読み応え
1
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3
4
5
過激表現
1
2
3
4
5

あらすじ

『54個の文書ファイルが収められたフロッピイがある。冒頭の文書に記録されていたのは、出張中の夫の帰りを待つ間に奇妙な出来事に遭遇した主婦・向井洵子が書きこんだ日記だった。その日記こそが、アイデンティティーをきしませ崩壊させる導火線となる! 謎が謎を呼ぶ深遠な井上ワールドが展開するサスペンスミステリー

引用元:講談社

感想

不穏な空気

本作は、出張中の夫を待つ主婦・向井洵子が書き始めた日記から物語が展開します。

日常の些細な出来事を綴る中で、洵子は自分の名前で図書館に登録されていたり、借りた覚えのない本が自宅にあったりと、奇妙な出来事に遭遇します。序盤から不穏な雰囲気に包まれています。

多視点で構成

物語は、洵子の日記を含む複数の視点から構成されており、それぞれの語り手の視点が交錯しながら進行します。

この多視点の構成が、読者に対して現実と虚構の境界を曖昧にし、物語の深みを増しています。

ボリューム感、読みやすさ

ページ数は400ページ程度で中〜やや多めです。

派手な比喩や難解な言葉はあまりなく、文体はスッキリしており読みやすいです。

多視点の構成という特性、またミステリーとしての物語の複雑さによって、誰が何でどうだっけと迷うこともあるかもしれません。

ただ、序盤〜中盤で感じた違和感が終盤で解消される構造なので、辛抱強く読めば必ず楽しめます。


以下、内容に触れた感想を記載しますので、開く際はその点ご了承ください。

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感想(ネタバレ有り)

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空白のファイル

最後の「空白のファイル」は、本作の中でも特に象徴的な仕掛けです。私が思ったのは以下の通り。

1. 「書かなかった」=終わりにした/もう何も書けない(死 or 精神的断絶)
 本多初美は、自身のアイデンティティや現実に対する認識が崩壊しかけていました。その果てに何も書かれていないというのは、「沈黙」「断念」「終焉」を連想させます。彼女が最後の記録すら残さなかった(残せなかった)という演出は、すごく重く意味深いように感じます。

2. 「読み終えた直後」=ファイルに記された“その先”がない
 もし読者が実際に彼女の最後の文書を“読み終えた”という立場で空白のファイルに出くわしたなら、それはまさに続きがもう存在しないことを表しているともとれます。なので“空白”は、読者への「あなたは何を感じましたか?」という問いかけになっているとも思えます。

さらに言えば、その空白にどういう意味を見出すかこそが、読者の解釈の余地として残されているように思います。答えが用意されていないのが、かえってこの物語のリアルさであり、後味の深さになっています。


すべては1人

複数の語り手=複数の人格という仕掛けが隠されていました。

物語を読み進める中では、洵子や初美、精神科医や探偵など、あたかも別々の登場人物がそれぞれの視点で語っているように見えます。

しかし、終盤で「それらはすべて“あるひとりの人物”の中で生まれていた人格(または役割)」だとわかると、ファイルのひとつひとつが“その人の内面の断片”だったんだと気づかされます。

これはつまり、読者はずっと“ひとりの人間の中での出来事”を読まされていたことになります。

最後に全員の語りが集約していく過程で、“本当の自分”に近づいていく構造にはぞくぞくしました。

プラスティック=可塑的

■「可塑的」ってどういう意味?
「可塑的」とは、外からの力によって形を変えることができる性質のことです。たとえば粘土やプラスチックのように、柔らかくて、自由に形を変えられるけど、固まればその形で定着する、というようなイメージです。

■『プラスティック』での意味
物語に登場する“ひとりの人物”が、環境やストレス、過去のトラウマによって人格を次々に変化させていく様子は、まさに「可塑的」です。外的な出来事がきっかけで、人格が形を変えていきます。そしてその人格たちが、それぞれの“役割”を持って現れてきます。本人の中ではそれが自然な「現実」になっていくのです。つまり、その人の“自我”が、柔らかく、揺らぎやすく、そして変幻自在だったということです。

また、「可塑的」はネガティブにもポジティブにもとれます。

・ネガティブな面 → 自分の軸を保てず、形を失ってしまう脆さ
・ポジティブな面 → 新しい形に生まれ変われる可能性、柔軟性

どちらに転ぶかは、その“力”がどう働くか次第。この小説の登場人物(人格)たちがそれを体現していたように思います。

他の読者の感想

こちらをご覧ください。
※ネタバレ感想も含まれますので見る際はご注意ください。

読書メーター/プラスティック

まとめ

以上、井上夢人さんの「プラスティック」の読書感想でした。

単なるミステリー小説にとどまらず、人間のアイデンティティや現実の脆さについて深く考えさせられる作品でした。

未読の方は是非手に取ってみてください。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。