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一次元の挿し木/松下龍之介 <あらすじ・感想・考察> 二百年前の人骨のDNAが四年前に失踪した妹のものと一致?

読書感想です。今回は松下龍之介さんの「一次元の挿し木」です。

第23回『このミステリーがすごい!』大賞・文庫グランプリを受賞し話題となっている作品です。

記事前半はネタバレは含みません。「続きを読む」を押さない限りネタバレ内容は見えませんので未読の方も安心してお読みください。

作品情報

  • 作品名:一次元の挿し木
  • 作者 :松下龍之介
  • 出版社:宝島社(宝島社文庫)
  • 頁数 :496P

こんな人におすすめ

 
こよい
  • ミステリー/サスペンス好き
    伏線が巧妙に張られていて、DNA鑑定という科学的トリックが物語を引っ張るから、謎解きのワクワク感を楽しみたい人にピッタリです。

  • SF要素にも惹かれる人
    200年前の人骨と現代の少女のDNAがつながるという非日常設定が好きな人。異世界感とリアルな科学考証のバランスが良いです。

  • 陰謀・企業/宗教のダークサイドに興味がある
    産学連携の裏側や宗教法人の闇が絡むので、権力構造や組織の闇にゾクゾクするタイプの読者にも刺さると思います。

     

特徴グラフ

※私個人の見方・感想です。

話の明るさ
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読み応え
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過激表現
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あらすじ

『二百年前の人骨のDNAが四年前に失踪した妹のものと一致!?

ヒマラヤ山中で発掘された二百年前の人骨。大学院で遺伝人類学を学ぶ悠がDNA鑑定にかけると、四年前に失踪した妹のものと一致した。不可解な鑑定結果から担当教授の石見崎に相談しようとするも、石見崎は何者かに殺害される。古人骨を発掘した調査員も襲われ、研究室からは古人骨が盗まれた。悠は妹の生死と、古人骨のDNAの真相を突き止めるべく動き出し、予測もつかない大きな企みに巻き込まれていく――。

引用元:宝島社

感想

DNAの謎

松下龍之介さんのデビュー作『一次元の挿し木』は、第23回『このミステリーがすごい!』大賞の文庫グランプリを受賞した作品です。

ヒマラヤ山中で発掘された200年前の人骨のDNAが、4年前に失踪した少女のDNAと一致するという衝撃的な謎から物語が始まります。

主人公の大学院生・七瀬悠は、妹の行方を追う中で、産学連携の暗部や宗教法人の影が潜む陰謀に巻き込まれていきます。

秀逸な構成

本作は、ミステリー、サスペンス、SF、成長物語といった要素が巧みに組み合わされており、読者を飽きさせません。

特に、DNA鑑定の結果から始まる謎が、物語全体の牽引力となっており、ページをめくる手が止まりませんでした。

また、物語の構成も秀逸で、章ごとに視点や時系列が変わるにもかかわらず、混乱することなく読み進めることができます。

これは、登場人物の視点から描かれる細やかな描写や、空間の説明が丁寧であるため、物語の世界に没入しやすいからだと感じました。

静かな余韻

さらに、物語の終盤にかけての展開は、幻想的でありながらも現実味を帯びており、読後には静かな余韻が残ります。

特にラストシーンは印象的で、物語全体を締めくくるにふさわしいものでした。


以下、内容に触れた感想を記載しますので、開く際はその点ご了承ください。

ここで一呼吸…
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感想(ネタバレ有り)

続きを読む ※ネタバレ注意

SF×ミステリーな真相

あのDNAの真相はまさに「SF×ミステリー」という感じで、とても面白かったです。

最初は「200年前のDNAからクローンを作る」という時点でSF的な要素が強いのですが、物語が進むにつれて、登場人物たちの背景が徐々に繋がっていき、そして、あの衝撃的な事実。パズルのピースがバチッとはまる感じがたまらなく、科学的な不気味さと、人間ドラマの切なさが両方同時に押し寄せてくるのが最高でした。

現実にはありえない前提ですが、それをリアルに感じさせるディテールと、感情に訴えかけてくる展開で、「もし本当にこんなことが起きたら…」って思わず想像してしまうのがすごいです。まさにフィクションの醍醐味という感じです。

最後のあっさりさ

最後に紫陽がいなくなったときに、悠があっさりとしていたのが違和感ありました。悠の妹・紫陽は彼にとって長年探し続けた存在で、本来なら再会の場面はもっと劇的でもいいはずではないでしょうか。

紫陽を探す旅は、この物語の“核”だったはずです。悠の行動も感情も、全部そこに結びついてたのに、いざ再会して、その直後に失われたときの彼の反応が淡白すぎて、「え、そんなもんで終わるの?」って思ってしまいました。

しかも、紫陽はただの「いなくなった妹」じゃなくて、悠にとっては罪悪感や後悔の象徴でもあったはずです。だからこそ、彼女との再会とその別れって、もっと心をえぐるような展開があってもよかったんじゃないでしょうか。

それをあえて「静かな別れ」として描いたのかもしれませんが、ちょっと置いてけぼりを食らった気分になりました。しかもその後、唯との関係性がやけに“穏やか”で、“答えが出た”みたいに描かれてるから、余計にモヤモヤする。

紫陽の変わり果てた姿を見て、また、代わりに唯もいたことで、紫陽を見限ったみたいにも感じてしまいます。彼女の“変わり果てた姿”と、それと対照的に“今ここにいる唯”が強調されていたことで、悠の心がそっちに傾いたようにも読める気がします。

これは見方によっては――

紫陽の喪失を受け入れて“前に進む”成長の描写とも取れるし、一方で、“見限った”ように映る冷たさもあって、読者に割り切れなさを残すところかもしれません。

このアンバランスさは意図的に残した「余白」なんでしょうか。紫陽の“存在”は物語の中心にあったけど、悠が再会した彼女は、彼の記憶にあった“妹”ではもうなくなっていた。それに気づいたとき、悠は“今”の時間を生きている唯のほうに、自分の人生を重ねようとしたのかもしれません。

ただこのように考えれば納得できるかというと…モヤっとする気持ちは残ります。だからこそ、あの結末には賛否が分かれるのではと思います。

結局、「紫陽は何だったのか?」って問いがふわっと消えてしまって、それに対する悠の内面の変化も描ききられないまま終わっちゃった印象です。

牛尾と苛性ソーダ

牛尾はかなり特殊な背景を持っている無敵の人という感じで圧倒的な恐怖でした。

苛性ソーダの使い方、物語の不穏さと不気味さを象徴するアイテムになってて、牛尾というキャラの怖さが一段深くなる要素だったと思います。ある意味、人間を“モノ”として扱ってる証拠みたいでもあって、倫理観の欠如が際立っていました。

「ちゃぽん」――あれは、とても印象的でした。

どこか日常的で、少し無邪気さすら感じさせる表現だと思いますが、逆にそれがとても怖いです。場違いなほど軽くて、淡々としていて、音そのものが空々しく響いてくる。あの一語で、“何かが終わった”感じがしましたし、誰かの意思とか悲しみとかとはまったく無関係に、「世界はただ進むだけ」みたいな無慈悲さもありました。

苛性ソーダ(かせいソーダ)とは、

水酸化ナトリウム(NaOH)という強アルカリ性の化学物質のことです。

■ 特徴:
非常に腐食性が強い
皮膚や目に触れると激しくただれたり、失明したりする危険がある。

タンパク質や脂肪を分解する性質がある、つまり、人の皮膚や筋肉、内臓なんかも溶かしてしまいます。

■ 主な用途:
配管の洗浄(油や髪の毛を溶かす)
石けんの原料(油脂と反応させて作る)
工業用途(紙やアルミ製造など)

■ 現実における「人を溶かす」=遺体の化学分解の可否
・使用される薬品:
苛性ソーダ(水酸化ナトリウム)
塩酸や硫酸などの強酸

こうした強アルカリまたは強酸は、人間の体(特に皮膚・筋肉・臓器など)を化学反応によって分解・溶解します。

・実際にあった例:
犯罪事件で、遺体を処理するために苛性ソーダや酸を使った事例が現実に存在します。例えば、メキシコの麻薬カルテルや、過去の猟奇事件などで、証拠隠滅の手段として用いられたことがあるそうです。

・ただし、「完全に跡形もなく」は不可能に近い
骨は溶けにくい(時間がかかる、または別の処理が必要)
DNAはある程度残る可能性がある
臭いや化学薬品の取り扱いから足がつきやすい

つまり「証拠を消すために完全に溶かす」というのは、現実では手間もリスクも非常に大きく、実際はうまくいかないケースが多い。作中でも骨だけ残るという描写になっており、それが物語にも合った状態を生み出していました。

※これは本当に危険な薬品だそうなので、現実では絶対に触れてはいけません。

他の読者の感想

こちらをご覧ください。
※ネタバレ感想も含まれますので見る際はご注意ください。

読書メーター/一次元の挿し木

まとめ

以上、松下龍之介さんの「一次元の挿し木」の読書感想でした。

デビュー作とは思えない完成度の高さで、今後の作品にも期待が高まります。 ミステリーやサスペンスが好きな方はもちろん、SFや成長物語に興味がある方にもおすすめの一冊です。

未読の方は是非手に取ってみてください。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。