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同志少女よ、敵を撃て/逢坂冬馬 -感想- 大戦から女性狙撃手が知る命の意味とは

読書感想です。今回は逢坂冬馬さんの「同志少女よ、敵を撃て」です。
第11回アガサ・クリスティー賞大賞受賞、2022年本屋大賞受賞、など多くの評価を受けている作品です。
記事前半はネタバレは含みません。「続きを読む」を押さない限りネタバレ内容は見えませんので未読の方も安心してお読みください。

作品情報

  • 作品名:同志少女よ、敵を撃て
  • 作者 :逢坂冬馬
  • 出版社:早川書房
  • 頁数 :496P

こんな人におすすめ

 
こよい
  • テーマ、内容に重厚感のある小説が読みたい
  • 女性狙撃手という特殊な視点に興味が湧く
  • 賞を受賞している有名作品を読みたい
 

特徴グラフ

※私個人の見方・感想です。

話の明るさ
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読み応え
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過激表現
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あらすじ

『第11回アガサ・クリスティー賞大賞受賞作。独ソ戦、女性だけの狙撃小隊がたどる生と死。

独ソ戦が激化する1942年、モスクワ近郊の農村に暮らす少女セラフィマの日常は、突如として奪われた。急襲したドイツ軍によって、母親のエカチェリーナほか村人たちが惨殺されたのだ。自らも射殺される寸前、セラフィマは赤軍の女性兵士イリーナに救われる。「戦いたいか、死にたいか」――そう問われた彼女は、イリーナが教官を務める訓練学校で一流の狙撃兵になることを決意する。母を撃ったドイツ人狙撃手と、母の遺体を焼き払ったイリーナに復讐するために……。同じ境遇で家族を喪い、戦うことを選んだ女性狙撃兵たちとともに訓練を重ねたセラフィマは、やがて独ソ戦の決定的な転換点となるスターリングラードの前線へと向かう。おびただしい死の果てに、彼女が目にした“真の敵”とは?』

引用元:早川書房

感想

第二次世界大戦における独ソ戦が舞台です。ソ連の女性狙撃手が主役となり戦争における様々な経験が描かれます。

登場人物や語られる物語自体はフィクションですが舞台背景が史実に基づいており丁寧に説明されているため、リアリティがものすごくありノンフィクションの作品と錯覚するほどです。リュドミラ・パブリチェンコという実在したソ連の有名女性スナイパーがいますが、作中に登場します。また各国の上層部は実際の人物の名前が登場します。そのようにフィクションとノンフィクションが入り混じっていることもリアリティに結びついています。

ボリュームがかなりあります。リアリティを持たせているが故にというところですが、読むのに私はかなり時間を要しました。ただダラダラと長いとか読みづらい文章であるということでは決してありません。戦争におけるそれぞれの国家状況や作戦内容、狙撃手の特性、登場人物たちの心の動きや戦闘アクションが重厚に描かれています。戦闘シーンの迫力はこの作品の大きな魅力の一つです。それらをしっかり読み込むには少し時間をかける必要があるということです。

戦争文学とは異なるのでしょうがそれに近いのではという感触で、それを多くの方が手に取りやすいような物語で作り上げられている小説かなと思います。物語はとても分かりやすく、主人公のセラフィマが持つ明確な目的の行方を追いかけていきます。セラフィマが思うことがシンプルで理解しやすく、心の変化が違和感なく見て取ることができます。現代において戦時の人物に感情移入するのは難しいですが、そういう風に人は変わっていくのかと想像しやすいです。セラフィマと共に”生き抜く”ことを体感し、そこに現れる人間の変化を自分のことのように感じることができます。

戦争なので人が死にます。敵を殺し、味方が殺されます。敵も味方もそれぞれが過去、現在、未来を持つ人間です。戦争の状況、戦争が進む中で登場人物たちに生まれる葛藤や心境の変化、それらが結末に向けて複雑に入り混じります。終盤、物語の展開が加速していくその疾走感、そしてその先に待つ劇的な展開に心動かされました。

以下、内容に触れた感想を記載しますので、開く際はその点ご了承ください。

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感想(ネタバレ有り)

続きを読む ※ネタバレ注意

セラフィマ、イリーナ、イェーガー、ミハイルが一か所に集まった終盤の最重要場面、読んでいるときはとても気持ちが昂りました。ソ連とドイツ、味方と敵。明確に白と黒に分かれているように思うようなことも見方によってはそうとも言えない。隔てているのは立場だけで、もっと根本的にみんな同じ人間であるということが戦争の中では見えづらくなってしまう。「敵を撃て」の敵とは何かが覆るような複雑な場面でした。

ねじを作る技術者の話も興味深かったです。何かのプロフェッショナルに対して周囲はそこにその人の最も重要な何かが含まれているような幻想を抱きます。英雄であってほしいということや、もっと言えば神の言葉を期待しているのかもしれません。その道のプロはもちろんその仕事に対して人並み以上の思いは持っているのかもしれませんがあくまで一人の人間でしかなく、内に秘めるものも多くの人と大きな違いはないのは改めて考えれば当然のことです。リュドミラが狙撃の技術についてしか話をしなかったのも、彼女だけしか知らない神がかり的な精神などなく、明確に存在する技術以外に伝えるべきことがなかったということかと思います。セラフィマも終盤に丘の上の景色はすでに見たことがあるものだったと気づく場面がありましたね。

オリガの存在もそのことを感じさせる印象的なキャラクターでした。序盤で別の立場の人間であることがわかり表面上は嫌味なキャラクターでしたが、終始狙撃部隊を重要な部分でサポートしており、結末は考えさせられるものでした。本心が最後まで見えませんでしたが、行動の節々からは最も思いやりがあるようにさえ感じられます。立場を全うする姿に悪く言えば人の心が欠けているような特別な存在のように見えていたオリガですが、やはり隔てているのは立場だけで他の登場人物と変わりない一人の人間です。物語の途中、敵にやられてそのまま放っておけば数日間苦しんで死ぬことになるという状態となり『殺してくれ』とセラフィマ一行に懇願する味方の砲撃手に対して、「士気喪失」と判断しNKVDの立場として「慈悲の一撃」を与える場面がありました。嫌な役割を自ら買って出る、オリガの秘められた内面が窺える印象的な場面でした。

天才として目立った存在だったアヤが序盤で死ぬことになることも印象的でしたが、物語全体で多くの敵味方の死を通して、人が人に、自分が自分に対して思う特別さは些細なことでしかなく、その前に皆同じ人間であるということを表しているように思います。現代でもそのことが考慮されないまま行われる発言や行動が起きているような気がします。自分はどうであったか見つめなおしてみる必要があるかもしれません。

『セラフィマが戦争から学び取ったことは、八百メートル向こうの敵を撃つ技術でも、戦場であらわになる究極の心理でも、拷問の耐え方でも、敵との駆け引きでもない。命の意味だった。失った命は元に戻ることはなく、代わりになる命もまた存在しない。学んだことがあるならば、ただこの率直な事実、それだけを学んだ』

ここまで書いたことを踏まえて見ることになるエピローグにある上記の内容にはシンプルながらとても深刻な事実であることに衝撃を感じました。

『お前は戦いたいか、死にたいか』

自分が彼女たちのような境遇だったらどう答えるでしょうか。

他の読者の感想

こちらをご覧ください。
※ネタバレ感想も含まれますので見る際はご注意ください。

読書メーター/同志少女よ、敵を撃て

まとめ

以上、逢坂冬馬さんの「同志少女よ、敵を撃て」の読書感想でした。
未読の方は是非手に取ってみてください。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。