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存在のすべてを/塩田武士 -感想- 「二児同時誘拐事件」から30年後…隠された真相に何を思う

読書感想です。今回は塩田武士さんの「存在のすべてを」です。
記事前半はネタバレは含みません。「続きを読む」を押さない限りネタバレ内容は見えませんので未読の方も安心してお読みください。

作品情報

  • 作品名:存在のすべてを
  • 作者 :塩田武士
  • 出版社:朝日新聞出版
  • 頁数 :472P

こんな人におすすめ

 
こよい
  • ミステリー・サスペンスが好き
  • 心揺さぶり泣けるような小説が読みたい
  • 本屋大賞ノミネートした有名作品を読みたい
 

特徴グラフ

※私個人の見方・感想です。

話の明るさ
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読み応え
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過激表現
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あらすじ

『平成3年に発生した誘拐事件から30年。当時警察担当だった新聞記者の門田は、旧知の刑事の死をきっかけに被害男児の「今」を知る。異様な展開を辿った事件の真実を求め再取材を重ねた結果、ある写実画家の存在が浮かび上がる――。質感なき時代に「実」を見つめる、著者渾身、圧巻の最新作。』

引用元:朝日新聞出版

感想

惹き込まれる序章
誘拐事件の経緯から物語は始まります。事件の状況や登場人物たちの心境がわかりやすく細かく描かれていて、油断する隙のない緊張感、臨場感にあっという間に惹き込まれてしまいました。しかしそれは物語の序章に過ぎず、謎を残したまま物語は少し雰囲気を変えて本筋へ進みます。

小説には色々な形のつかみがあるように思いますが、この小説には始めからかなりグッと引きつけるような、読み進めたいと思わせるような力が特にあって、物語に入り込みやすい構成になっていました。

じわじわと真相に迫る
隠された真相を追っていきます。人間関係の細く結ばれた線を少しずつ手繰り寄せていくような、納得感の強い着実な進み方をしていきます。真相に近付くにつれて登場人物たちが様々な形で交差していくのも面白さの一つです。このような作りとなると登場人物の関係性を追うのが大変な場合がありますが、この小説はそこまで複雑にはならず私はスムーズに理解することができました。

写実
あらすじに写実画家が登場するとありますが、私としてはあまり馴染みのない美術界に関する話題も興味深いものでした。写実絵画とは見たままをそのまま忠実に描くことを基本にした絵画作品のことです。「写実」はこの物語のキーであり、この物語そのものを表しています。

爽快さと切なさ
ここでは核心に触れませんが、謎が明らかになる爽快さとそこにある切なさ、それがこの作品の大きな魅力です。大切なことを知り、胸にこみ上げてくるものがあります。是非読んで体感していただきたいです。

以下、内容に触れた感想を記載しますので、開く際はその点ご了承ください。

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感想(ネタバレ有り)

続きを読む ※ネタバレ注意

誘拐事件の捜査
緊張感とスピード感のある序章がかなり印象的で惹き込まれました。誘拐事件はリアルタイムで進むというのは言われてみれば確かにと思うところで、瞬時に求められる選択が命取りになる警察の動き方の難しさを知りました。事件が終わりを迎えその緊張感が止まないうちに物凄い緩急を付けたように被害男児があっさり3年後に帰ってくるという表現の仕方に、その3年間に何があった!?という衝撃を受けました。作者の手のひらの上でまんまと楽しまされているのが堪らなく楽しいです。

序章だけ先行公開されていたようですが、出版社としてもそれだけこの序章に惹き込む力があると評価していたんですかね。

空白の3年間
空白の○○年という表現にわくわくしてしまうのはワンピースの影響でしょうか。この物語はワクワクするというタイプではないものの、そこに何があったのかと気になってしまう隠し方ですね。

門田による事件の調査は幸運がありつつも着実で納得感のある進み方でしたが、淡々とした雰囲気が続くこともあり読んでいて少し中弛みしてしまう感覚がありました。とはいえじわじわと前へは進んでいることはわかるので真相への興味が薄れることはありませんでした。里穂の話が間に挟まるのも退屈させない要素になっていたように思います。

「存在」
タイトルにも含まれるこの小説のキーワードですが、写実の考え方と交えて語られる「存在」への見方はあまり触れたことのなく新鮮なものでした。ただ、なかなか自分の中に落とし込めていない感覚があります。印象的だった部分を引用します。じっくり読んで考えてみたいと思います。

「うまい絵なんて描こうとしなくていいから。大事なのは存在。このお父さんの絵はね、モデルのおじさんはそこそこ描けてるんだけど、背景が薄っぺらくて緊張感がない。だから噓っぽく見える。対象物だけ見てちゃダメ。分かる? キャンバスの中のものはみんな等価値、つまり、みんな同じぐらい大切ってこと」

「これから世の中がもっと便利になって、楽ちんになる。そうすると、わざわざ行ったり触ったりしなくても、何でも自分の思い通りになると勘違いする人が増えると思うんだ。だからこそ『存在』が大事なんだ。世界から『存在』が失われていくとき、必ず写実の絵が求められる。それは絵の話だけじゃなくて、考え方、生き方の問題だから」

あの誘拐事件の裏側にあった紛れもない事実。目に見えているのに気づいていない、そんな存在の美しさをこの世に表すため、貴彦や亮は絵筆を握り続けてきた。

真相が明らかになる回想
第七章に入り野本貴彦視点の回想が始まると、いよいよ真相が明らかになるのかという期待で気持ちが高まりました。

美術界の暗い一面が描かれていましたが、現実でも近しい面があるんですかね。あらゆる界隈でこのような政治っぽさはあるんでしょうけど、本来表に出るべき才能が損なわれるようなことが行われているとしたら悲しいことです。そんな政治っぽさに馴染めない貴彦に共感できました。

3年間隠し通すというのは困難な気がしますが、周囲の人物、というか岸朔之介が優秀すぎましたね。貴彦の才能に惚れ込んでいるとはいえ、かなりリスクを冒した行動をしておりなんでそこまで?と思ってしまうほどでしたが、彼がなんとかしてくれるという安心感がありました。

貴彦と優美はどうすればよかったのかと考えてしまいますが、亮との出会いは運命的で、相互に人生を変えてしまうような大きな3年間を過ごすことができたことからは、結果的にこれが最善だったのかなと私は思います。離れなければならないという場面、七夕の短冊には胸がいっぱいになりました。

「みんなといっしょで、ずっとくらしたい」

3人がずっと一緒に過ごせる世界線があってほしいと願うばかりです。最後の最後に明らかになった優美と亮が再会していたという事実により、貴彦もどこか近くにいるのでは、など救いを期待させてくれるような優しい読後感になったなと感じました。

他の読者の感想

こちらをご覧ください。
※ネタバレ感想も含まれますので見る際はご注意ください。

読書メーター/存在のすべてを

まとめ

以上、塩田武士さんの「存在のすべてを」の読書感想でした。
未読の方は是非手に取ってみてください。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。