当サイトの本に関する記事はすべてネタバレに配慮しています。御気軽にお読みください。

鹿の王/上橋菜穂子 <あらすじ・感想・考察> ファンタジーという枠の中で描かれるリアルな命、絆、病、信念

読書感想です。今回は上橋菜穂子さんの「鹿の王」です。

2015年本屋大賞受賞作品です。アニメ映画化もされている有名作品ですね。

記事前半はネタバレは含みません。「続きを読む」を押さない限りネタバレ内容は見えませんので未読の方も安心してお読みください。

作品情報

  • 作品名:鹿の王
  • 作者 :上橋菜穂子
  • 出版社:KADOKAWA(角川文庫)
  • 頁数 :(1)304P(2)336P(3)272P(4)352P

こんな人におすすめ

 
こよい
  • ファンタジー小説が好き

  • 重厚な世界観にどっぷり浸かりたい

  • 医療やウイルス、パンデミックものに関心がある

特徴グラフ

※私個人の見方・感想です。

話の明るさ
1
2
3
4
5
読み応え
1
2
3
4
5
過激表現
1
2
3
4
5

あらすじ

『強大な帝国・東乎瑠(ツオル)から故郷を守るため、死兵の役目を引き受けた戦士団“独角”。妻と子を病で失い絶望の底にあったヴァンはその頭として戦うが、奴隷に落とされ岩塩鉱に囚われていた。ある夜、不気味な犬の群れが岩塩鉱を襲い、謎の病が発生。生き延びたヴァンは、同じく病から逃れた幼子にユナと名前を付けて育てるが!? たったふたりだけ生き残った父と子が、未曾有の危機に立ち向かう。壮大な冒険が、いまはじまる――!

引用元:KADOKAWA

感想

物語の鍵となるのは疫病

「独角(どっかく)」と呼ばれる戦士団の生き残り・ヴァンは、岩塩鉱で奴隷として囚われていましたが、ある日謎の病の襲来と共に奇跡的に脱出します。一方、病を研究する天才医師ホッサルは、感染の謎を解くため奔走していました。この二人の視点を中心に描かれるファンタジー小説です。

緻密に作り込まれた世界とテーマ

最初はファンタジーの壮大な世界観に圧倒されましたが、思ったよりもすらすら読めて、物語にどんどん引き込まれていきました。

登場人物や民族、地理などの設定は細かいものの、描かれているのは「命をどう扱うか」「誰かを守るとはどういうことか」といった、とても人間らしいテーマ。だからこそ、自然と感情で物語を追うことができたのだと思います。

この作品は、ファンタジーでありながらとてもリアルです。

民族や文化の違い、価値観の衝突が丁寧に描かれていて、現実にも通じる複雑な世界の成り立ちを感じます。

逆に、魔法や派手なバトル中心のファンタジーが好きな人にはちょっと静かすぎるかもしれません。

「じっくり考えさせられる物語」が好きな人には刺さると思います。

ボリュームはあるがスラスラ読める

文庫版4巻で、ボリュームはけっこうあります。文章はとても丁寧で、表現も難解ではなく読みやすいです。

ただ、登場人物が多くて地理や文化、民族などの設定も細かいので、序盤は少し頭を使います。

しかし一度世界観に入ってしまえば、キャラクターの感情や物語の流れが自然に追えるようになってきます。

読み応えがありつつ読者を置いていかない構成力がすごいです。

本屋大賞を受賞した理由

本屋大賞は比較的“読みやすくて感情移入しやすい”現代小説が選ばれる傾向があるように思えますので、重厚なファンタジー作品である本作が受賞したのはちょっと異例とも言えるかもしれません。

ファンタジー作品はしばしば「世界観が難しそう」「登場人物や用語が多くて覚えられない」といった理由から、読み始めるハードルが高く感じられがちです。

しかし本作では、感染症と医療という誰もが関心を持てるテーマを軸に据えることで、ファンタジーに不慣れな読者でも自然に物語に入り込める構成になっています。

また、登場人物たちの信念や葛藤など、感情がとても人間的で、読むほどに共感を呼びます。

「命をどう守るか」「何のために生きるのか」といった普遍的な問いが、壮大な物語の中に丁寧に描かれており、読み終えたあとには“誰かにすすめたくなる”一冊です。

ファンタジーという枠を超えて“物語そのものの魅力”が評価されたのかなと思います。


以下、内容に触れた感想を記載しますので、開く際はその点ご了承ください。

ここで一呼吸…
kindle unlimitedで読書生活をより楽しみませんか?対象の小説や漫画など、
200万冊以上が読み放題。
登録はこちらから↓

感想(ネタバレ有り)

続きを読む ※ネタバレ注意

医療小説としてのリアルな緊張感

物語の鍵となるのはやはり“黒狼熱”という病の存在です。本作のすごいところは、ファンタジーの世界を舞台にしてるのに、医療に対する考え方が現実的で、リアルな緊張感があるところだと思います。

黒狼熱という未知の病に対して、「どう感染するのか」「どんな症状なのか」といった科学的な視点からのアプローチもあり、それに対して「病は神罰」と捉える信仰的な立場もちゃんと描かれてるのが印象的でした。

単なる災厄ではなく、人々の恐怖や差別、信仰との関係まで絡んでくるのがこの物語の深いところです。

ホッサルが象徴するのは、科学や理性で物事を解き明かそうとする医療者の姿。しかし彼自身も「正しいと信じる医療」が、文化や価値観の違う相手にとっては必ずしも正義ではない、という壁に何度もぶつかります。リアルなジレンマであるように感じます。

そして「病にかかった人だけでなく、その背景にある社会・文化も見ないと、本当の治療にはならない」というメッセージは、現代の医療でもめちゃくちゃ大事な視点だと思います。そのような複雑なテーマを“押しつけがましくなく”自然にストーリーの中に溶け込んでいました。

信仰と医学のせめぎ合いは、現代社会でもワクチンや終末医療の問題なんかで実際に起きていますし、だからこそファンタジーでありながら「自分ごと」に感じられるんだと思います。

ヴァンとユナの出会いの意味

ヴァンとユナの出会いは、ただの偶然に見えて、実は物語全体の“核”みたいな存在になっていたように思います。

ヴァンは、独角の頭として生きてきて、戦いに明け暮れ、大切なものをすべて失った男でした。だからユナとの出会いは、「もう一度、生きる意味を取り戻す」きっかけになっていました。

ユナは何か特別な力を持っていたわけでも、物語の鍵を握る存在でもない。しかし「誰かを守る」「一緒に生きる」という、人間的で根源的な役割を担っていたように思います。むしろ、だからこそ最後に“ユナがヴァンを追う”という展開が、とても象徴的でした。

あそこで物語が終わるのは、一見物足りなさもありますが、「この二人はまだ繋がっている」という未来への余白とも取れると思います。

ヴァンが黒狼熱を生き延びたことも、ユナと出会ったことも、「生き残った人間がどう生きるか」という問いの答えを描くために必要だったのかもしれません。

つまりユナの存在は「ヴァンの生き直しの象徴」だったのではないでしょうか。

彼女がいたからこそ、ヴァンはもう一度人としてのあたたかさや希望に触れられて、だからこそ、ユナが“今度は追いかける側”になるっていう構図が意味のあるものになっていたように感じました。

他の読者の感想

こちらをご覧ください。
※ネタバレ感想も含まれますので見る際はご注意ください。

読書メーター/鹿の王(1)

まとめ

以上、上橋菜穂子さんの「鹿の王」の読書感想でした。

ファンタジーという枠の中で、命、絆、病、信念といったテーマを深く描いています。ボリュームのある作品ではありますが、重苦しくなく、アニメ映画化もされるような美しい世界を多くの人に体験してもらいたいです。

未読の方は是非手に取ってみてください。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。