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火車/宮部みゆき <あらすじ・感想・考察> その人はどんな思いでそこに至ったのか

あらすじ・読書感想・考察を記します。今回は宮部みゆきさんの「火車」です。

記事前半はネタバレは含みません。「続きを読む」を押さない限りネタバレ内容は見えませんので未読の方も安心してお読みください。

作品情報

  • 作品名:火車
  • 作者 :宮部みゆき
  • 出版社:新潮社(新潮文庫)
  • 頁数 :704P

こんな人におすすめ

 
こよい
  • ミステリーが好き
    犯人探しや意外な展開もありますが、それ以上に「なぜそうなったのか」「その人の人生に何があったのか」に重きを置いた作品です。人間の背景や社会的な問題にまで目を向けていて、読み終えたあとに考えさせられるものがあります。

  • 社会派テーマに興味がある
    消費社会、自己責任、身分や信用といった重たいけどリアルなテーマが作品全体に流れています。「これはフィクションだけど、実際にありそう」と感じるようなリアリティがあるので、社会の裏側に目を向けたい人には刺さると思います。

  • 人間ドラマをじっくり味わいたい
    派手なアクションや急展開ではなく、静かで丁寧な描写が中心。人物の内面や過去、選択に焦点が当てられていて、読むほどに人物像がくっきりしていくような感覚が味わえます。

     

特徴グラフ

※私個人の見方・感想です。

話の明るさ
1
2
3
4
5
読み応え
1
2
3
4
5
過激表現
1
2
3
4
5

あらすじ

『休職中の刑事、本間俊介は遠縁の男性に頼まれて彼の婚約者、関根彰子の行方を捜すことになった。自らの意思で失踪、しかも徹底的に足取りを消して――なぜ彰子はそこまでして自分の存在を消さねばならなかったのか? いったい彼女は何者なのか? 謎を解く鍵は、カード社会の犠牲ともいうべき自己破産者の凄惨な人生に隠されていた。山本周五郎賞に輝いたミステリー史に残る傑作。

引用元:新潮社

感想

行方不明事件

休職中の刑事・本間俊介は、いとこの婚約者が突然姿を消したという話をきっかけに、彼女の行方を追い始めます。しかし、調べれば調べるほど、彼女の過去や素性には奇妙な点が多く、やがて本間は一人の「存在しないはずの女性」にたどり着くことになります。

物語は淡々とした調査の積み重ねで進みながらも、そこに描かれるのはただの行方不明事件ではなく、社会の歪みや人間の根源的な不安にまで踏み込んでいく、奥行きのあるミステリーです。

一歩一歩

「一歩一歩」という進み方が本作の特徴です。

じっくりと事実を積み重ねていく過程がリアルです。そこに魅力を感じますが、逆にテンポの遅さやボリュームの多さにちょっと重たいと思う部分もあるかもしれません。

しかし、その地道な調査の積み重ねがあったからこそ、ラストにたどり着いたときの重みや厚みが出ています。

派手さはありませんが、「読んだからこそわかること」がちゃんとあります。スピード感があるわけではないですが、一行ごとに物語が深まっていく感じがあり、気づけば夢中になっていました。

そしてラストまで読んだときに感じる重み……これはぜひ体験してほしいです。

古いが現代にも通じる

『火車』は1992年の作品なので、例えばシステム的なことや、手書きの書類、古い制度などが少し時代を感じさせる場面があります。

しかしそれがむしろ味になっていて当時のリアリティのような空気が伝わってきます。

それでも話の芯やテーマは、今読んでもまったく色あせず、むしろ現代の風潮とリンクして感じられる部分もあります。

だからこそ、30年以上前の小説なのに“古さ”を感じさせずに読ませる力があります。

ストーリーの構造やテーマの強さは時代を超えると思わせてくれる作品です。


以下、内容に触れた感想を記載しますので、開く際はその点ご了承ください。

ここで一呼吸…
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感想(ネタバレ有り)

続きを読む ※ネタバレ注意

その人物を知りたくなる

ただ「誰がやったか」ではなく、「どうしてそうなったのか」「その人はどんな思いでそこに至ったのか」がどんどん気になってくるような物語でした。

物語が進むほど、犯人像が少しずつ浮かび上がってきます。それは“悪人”としてではなく、「そうならざるを得なかった」人間として描かれています。

新城喬子という人物は、表面だけ見れば「なりすまし」という異常な行動をしていますが、物語を追っていくうちに、その背景にある「追い詰められていった過程」がじわじわと見えてきます。

最初は“謎の失踪者”として描かれていた彼女が、ページをめくるごとに「名前を変えてでもやり直したかった」ただの一人の女性として浮かび上がってきます。その過程がほんとに丁寧で、「悪人」というラベルでは処理できない、複雑な感情が湧いてきます。

そしてあの終わり方。すべてが明かされたわけではありませんが、ぽっかりと心に穴があくような余韻が残りまふ。真実を知ったところで救いがあるわけでもなく、でも知らずにはいられない。そんな読後感でした。

なりすましの実現性

「実際にもできるの?」と思ってしまうくらいリアルに描かれていました。結論から言うと、昔なら可能性はあったかもしれませんが、今はかなり難しいっていうのが現実のようです。

昔(90年代)はどうだった?

『火車』が描かれた90年代初頭は、今よりも身分証明や個人情報の確認がゆるく、特に紙ベースでのやり取りが多かった時代です。住民票の移動や免許証の再発行も、本人確認が甘かったケースもあり、「なりすまし」は現実的にできてしまうスキもあったのかもしれません。

特に、失踪者や身寄りのない人を装って、その人の名前や戸籍を乗っ取る「戸籍乗っ取り」みたいな事件は実際にあったようです。なので、喬子のようなケースも不可能ではなかったという意味ではリアルです。

今の時代は?

今はマイナンバー制度、顔写真付きの身分証明、オンラインでの本人確認(eKYC)などが普及してるから、他人になりすまして何か契約を結んだり、身分を偽ったりするのは相当ハードルが高いです。特に金融系は本人確認が厳しく、他人の情報を使って銀行口座を作るなんてまず無理です。

でも、それでもゼロとは言い切れず、たとえば、

・家族内でのなりすまし(親子、兄弟)

・本人確認の甘いサービスを狙う

・SNSやネットでの偽名活動

などは、今でも一定のリスクとして存在しています。

『火車』のリアリティは?

なので喬子の行動は、

・時代背景を考えれば「十分あり得る」

・しかもその手口が具体的でリアル

・なのに、そこに狂気だけじゃなく「人間の痛み」がある

というのが、リアルさと物語の説得力を高めてるポイントなんだと思います。

現代との違いによる違和感

昔と今の「感覚の違い」を体験として知ってるかどうかで、『火車』の読み方は変わるかもしれません。

例えば、昔と今、両方知ってる読者にとっては、「こういう時代だったよな」「今じゃ考えられないけど、当時はあり得た」というリアリティがちゃんとあるので、喬子の行動も不自然に感じず、時代背景に没入できます。だから、「古い設定だけど、筋には違和感ない」「むしろリアル」って思えるし、むしろその“時代の隙間”を生きた人間の物語として、より深く響く部分もあると思います。

一方で、今しか知らない若い読者から見ると、今のセキュリティ意識や個人情報の扱いが“常識”になってる世代にとっては「どうして他人の名前で銀行口座が作れるの?」「なんでそんなに調べが甘いの?」「警察は何してたの?」というような“違和感”を覚える場面もあるかもしれません。特にスマホやマイナンバーが前提の生活しか知らないと、喬子の選択肢が無理があるように見えてしまう可能性もあります。

しかし、そんな現代の感覚から少し距離があるからこそ、『火車』が描いている「個人の信用とお金と人生の選択」がどれほど脆いものだったかが、逆に鮮明に浮き彫りになるとも言えます。

違和感があるからこそ、「昔はこんなことができてしまったんだ…」という驚きや、「社会の構造って本当に変わったんだな」という気づきにもつながるはずです。

つまり、伝わりにくい部分があるのは事実ですが、そこを乗り越えて読み進めれば、 時代の空気まで含めて“物語の一部”として味わえる作品なんだと思います。なので、今の若い人が読むとしたら、ちょっとした時代背景の知識があると理解しやすくなるかもしれません。

『火車』というタイトル

仏教で言う“火車(かしゃ)”は、生前に悪行を重ねた者の魂を地獄へ運ぶ燃える車のことですが、それを社会の「業」や「生きづらさ」の象徴としてうまく使っているように思います。

新城喬子も関根彰子も、ある意味で社会からはみ出してしまった存在で、自分の人生を立て直したくても、それを許してくれない社会の構造に押し潰されそうになっていました。

まさに、どうやっても降りられない火車に乗ってしまった人たちです。また「火の車」という言葉が持つ「経済的に火の車」という意味も重なっていると思います。

なのでタイトルを見ただけで、

仏教的な「業」

社会のシステム

止められない暴走感

登場人物のどうしようもなさ

こういうものがすべて凝縮されてるように感じました。

他の読者の感想

こちらをご覧ください。
※ネタバレ感想も含まれますので見る際はご注意ください。

読書メーター/火車

まとめ

以上、宮部みゆきさんの「火車」の読書感想でした。

「事件の向こうにある“人の人生”に触れたい人」におすすめの一冊です。気軽に読むというよりは、本と向き合いたいときに読んでほしい作品です。

未読の方は是非手に取ってみてください。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。