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52ヘルツのクジラたち/町田そのこ -感想- 届かないと思っていた、声を聞いた

読書感想です。今回は町田そのこさんの「52ヘルツのクジラたち」です。
2021年本屋大賞受賞作品です。実写映画化もされて話題になっていますね。
記事前半はネタバレは含みません。「続きを読む」を押さない限りネタバレ内容は見えませんので未読の方も安心してお読みください。

作品情報

  • 作品名:52ヘルツのクジラたち
  • 作者 :町田そのこ
  • 出版社:中央公論新社(中公文庫)
  • 頁数 :320P

こんな人におすすめ

 
こよい
  • 人との関わりについて考えさせられる小説が読みたい
  • 悲しみ苦しみの先にある希望に触れたい
  • 賞を受賞、映画化もされている有名小説を読みたい
 

特徴グラフ

※私個人の見方・感想です。

話の明るさ
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読み応え
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過激表現
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あらすじ

『自分の人生を家族に搾取されてきた女性・貴瑚と、母に虐待され「ムシ」と呼ばれていた少年。孤独ゆえ愛を欲し、裏切られてきた彼らが出会い、新たな魂の物語が生まれる――。』

引用元:中央公論新社

感想

音の高さは「Hz(ヘルツ)」という単位で表されます。数字が大きいほど高い音になります。例えば、男性の声が約500Hz、女性の声が約1,000Hz、自動車のマフラーの音が約125Hz。人間が聞き取れる範囲は20 Hz 〜 20,000 Hzだそうです。人間からすると52Hzはかなり低音域ということになりますね。ただクジラの世界では52Hzは高音域過ぎて伝わらないそうです。この作品は実在した52Hzで鳴く孤独なクジラをモチーフにした物語です。

そのモチーフからは少しの切なさを感じますが、この小説には切なさというよりももっと辛く苦しい世界が待っています。目を背けたくなるような虐待。救いを求める声が届かない。愛されたい。胸を締め付けられるような場面が多くありました。

親に虐待されていた、されているという同様の境遇を持つ2人が出会うことで物語は動き始めます。

タイトルやカバーからの印象もありますが、全体が海の底のような暗く息苦しい雰囲気を感じます。だからこそそこから見える少しの希望の光が一際温かく感じられます。劇的な展開が無くとも、希望が見える場面には涙してしまうほどぐっとくるものがある、明暗のバランスがこの作品の特徴かなと思います。

さらっと読みやすいボリュームと文章の軽やかさでありながら、ポイントとなる人物が持つ背景などが細かく描かれ複雑に入り混じり、密度の濃さを感じます。そんな中に読者側で考える余地が程よく残されており、想像を膨らませながら自分の価値観を再認識させられます。この作品に奥深さを感じる一因のように思います。

以下、内容に触れた感想を記載しますので、開く際はその点ご了承ください。

ここで一呼吸…
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感想(ネタバレ有り)

続きを読む ※ネタバレ注意

「キナコ」こと貴瑚、「52」こと愛、それぞれが家庭で受けた虐待には胸が痛くなりました。ここまで残酷な背景を持たせる必要があるのか、とも思いましたがだからこそ救いが見える場面の安心感が特別なものに感じられるような気がします。

暴力や監禁、食事を与えないなど、直接的な虐待の内容ももちろん痛々しいのですが、それらに付随して与えられる孤独感など精神的な苦痛が強く伝わってくるように表現されていて苦しくなりました。貴瑚がアンさんに打ち明ける「お母さんが大好きで、いつも愛されたかった」というのは愛にも共通する複雑で深刻な思いで、それが故に自らその状況から抜け出すことが出来なかったと理解できます。第三者がそれに気付き無理矢理にでも引っ張り出すことが必要なのかもしれません。

貴瑚への救いの手、「魂の番」はやはりアンさんだったのでしょうか。アンさんが男性なのか女性なのか初めから微妙で、男性のようだとわかってからも中性的な印象が続いていました。アンさんは自分が持つ複雑な事情から親と向き合えずにいたという、少し異なる形での孤独を抱える人物でした。貴瑚のことをどう思っていたのか本心は隠されたまま結末を迎え、それまでも本心を隠しながら生きてきたと思われるアンさん。唯一救われない人物だったように思います。ただ、貴瑚に少しでも理解してもらうことができたことがアンさんへの救いと言えるかもしれません。

主税も貴瑚への救いの手としての一端を確かに担っていたように思います。婚約者がいながら貴瑚に手を出したのはルール上アウトですが、無理矢理にでも貴瑚の世界を広げたことは貴瑚にとっては有意義だったはずです。貴瑚を想う気持ちも真であるように見え、ただ単に悪い登場人物というようには見えず、彼もまたある意味家庭の犠牲のようにも見えました。

その他にも貴瑚の周りにいる友人たちは良い人すぎました。美晴は卒業以来会っていない貴瑚にばったり出くわしてから、貴瑚の事情を知ったとはいえあそこまで気にかけて行動に移してくれるというのは並の優しさではないです。貴瑚を親友と扱うまでの過程が今いち読み解けませんでしたが、この作品で一際輝く明るさの持ち主で、読者としても彼女に救われました。また、村中も初めはぶっきらぼうな印象でしたが実は皆が好感を持てるような純粋な優男で、どんな形でも今後も貴瑚の周りにいてほしいと願えるキャラクターでした。

貴瑚にとってのアンさんが、愛にとっては貴瑚である。愛の物語はここから次の章へ向かうということですね。誰にも届かないと思っていた声が、貴瑚に、愛に伝わり、またアンさんや美晴のように周囲にも聞くことができる人がいる。希望が持てる展開に心底ほっとしました。貴瑚が愛と暮らそうと決意する場面は美しくありながら理想論でしかないように見えたところに、きちんと現実が突き付けられたところもこの作品らしさだなと感じました。2年後をどのような形で迎えるのか想像して、どうか皆が幸せな未来であってくれと願ってやみません。

「魂の番」、アンさんは『愛を注ぎ注がれるような、たったひとりの魂の番のようなひとときっと出会える。』と表現しました。貴瑚もまた愛が愛の「魂の番」に出会うまで彼を守ると言いました。番と言うから唯一の一対であるように思いますが、貴瑚とアンさんも「魂の番」になりえた、貴瑚と愛も「魂の番」となっていく、またそれぞれが別の「魂の番」と出会うかもしれない、と様々な形の「魂の番」が存在するのだろうと私は思いました。

他の読者の感想

こちらをご覧ください。
※ネタバレ感想も含まれますので見る際はご注意ください。

読書メーター/52ヘルツのクジラたち

まとめ

以上、町田そのこさんの「52ヘルツのクジラたち」の読書感想でした。
映画化されているということでそちらも気になります。映像化されると辛い部分が余計に辛くなりそうでその点は心配ですが…。映画の原作でもあるこの小説、未読の方は是非手に取ってみてください。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。